« DATを超える?! | Main | エド・サリバンショーのブルーコメッツとバイオリンベース »

Nov 26, 2005

終りに見た街

030710a  今朝程TVを付けたら、脚本家 山田太一、中井貴一、柳沢慎吾が鼎談していた。この三人は、あのTBSの名作ドラマ「ふぞろいの林檎たち」シリーズの人々だ。でも、チャンネルは10、テレビ朝日。おや?時任三郎もいないし...。

owarinimitamachi81 よく見ると、「終りに見た街」とテロップがでている。 そうか、1982年8月16日(月)20時~21時50分(終戦記念日の翌日)にテレビ朝日で放映されたドラマを、漸く再放送してくれるのか、と思ったら、中井貴一、柳沢慎吾出演でのリメイクドラマ。終戦60年特別企画で来週12月3日(土)21時~23時21分に放映されるらしい。そのPR番組だった。実はこの作品もともとは、1981年9月20日発行の別冊中央公論2「親が子に残す戦争の記録」(再び戦争を起こさないための遺書)に掲載された小説だ。

 最初に発表された1981年。今から24年前、日本は高度成長期まっただ中。現長野県知事、田中康夫が「なんとなくクリスタル」で学生作家デビュー、「雨あがる」「半落ち」で近年映画賞総嘗めの俳優、寺尾聡が突然AORアルバム「Reflections」を発表しミリオンセラー、シングルカットの「ルビーの指環」でレコード大賞。洋楽ではハスキーボイスなキム・カーンズの「ベティデイビスの瞳」やライオネル・リッチー&ダイアナ・ロス「エンドレス・ラブ」などがヒットしていた。

 内容は、ある日、清水要治(47才)が郊外の自宅で目覚めると昨日まであったはずの街が消え、家の周りは雑木林。おかしいと思い、周りを散策するとなんと昭和19年にタイムスリップしていた...という設定。

 82年版との決定的な違いは、23年前なので、主人公・清水要治ら大人は昭和一桁生まれ。戦争を実体験した世代だ。しかし、今回の47才の清水要治ら大人は昭和30年代生まれ。「戦争を知らない子供たち」世代。父親や祖父から兵隊、戦争体験を聞いてはいるものの、本当の貧困や飢餓は知らない。戦争を実体験した親が、平和ぼけした子供にどのように戦争の怖さ、辛さを伝え、乗り越えていくのかが大きなテーマだったが、今回はどのように仕上げられているのだろう。

参考までに前回と今回の比較。

スタッフ : 原作・脚本 山田太一 は共通 81年版 演出 田中利一、プロデューサー 千野栄彦 05年版は未だ不明

 キャスト : (役名81版俳優・05版俳優の順) 清水要治 (細川俊之・中井貴一)、妻・清水紀子(中村晃子・木村多江)、友人・宮島敏夫(なべおさみ・柳沢慎吾)ら。(81版・05版)他に、82年版には、映画監督・鈴木清順が隣組組長役、樹木希林が防空防火訓練群長役で出演。05年版には他に、友人・宮島敏夫の息子、宮島新也役に窪塚俊介や、柳葉俊郎、柄本明、津川雅彦、小林桂樹ら豪華なキャストが出演している。また、清水要治の職業が、82年版は放送作家、05年版はシステム・エンジニア、友人・宮島敏夫とは82年版では、電話があり、33年ぶりに翌日渋谷で会う予定だったが、実際には会っていない。05年版は結婚式のマネージャーになった宮島敏夫と再会した二日後事件は起こる。また、決定的な違いが、82年版は昭和19年6月18日、05年版は昭和19年9月17日にタイムスリップ。この3ヶ月は何を意味するか。

 82年版プロデューサー 千野栄彦氏は放映当時、「むずかしいのは昭和19年という時代の再現で、当時の人々の容姿、つまり鋭い目つきややせた体格が必要になり、それらしき人を集めるためのキャスティングに苦労しましたね。...このために皆さんに減量してもらったり、リハーサルを繰り返して目にイラダチが出るまで待ったり。現代人が異常な状況に再びおかれたときにどう順応していくかを、家族という単位の中で描こうとした。」と、述べていた。

果たしてリメイク版、どこまで迫ってくるのか。必見だ。

 ところで、ドラマライターとしては山田太一と双璧の倉本聡も、同じくテレビ朝日で今年9月24日に「祇園囃子」なるドラマを発表。主演 渡哲也をはじめとする石原軍団総出演。しかし、これが本当に倉本作品????!!!!。と、見ている間頭の中は???が行進していた。CXの「優しい時間」が良かっただけに、残念だ。

※下線赤文字をクリックするとリンク先にジャンプします。写真をクリックすると拡大します。

|

« DATを超える?! | Main | エド・サリバンショーのブルーコメッツとバイオリンベース »

Comments

kisiといいます。
S9年生まれですからS19年9月と言えば9才、国民学校4年生で東京から集団疎開で茨城県の磯濱(水戸から海浜線で大洗の1つ手前)の金剛院というお寺に居ました。
この頃からこの地方にも艦載機の来襲がしばしばあったと記憶しています。食べ物は本当になく、芋掘りをして得た芋がゆが多かったようです。
それも最下級生なので食べるのが遅く、6年生に分捕られて僅かしか食べられない事がしばしばありました。
こんな記憶が蘇るとともに、その後縁故疎開でいった群馬県伊勢崎での終戦日1日前の8月14日の空襲で2度目に焼けた(一度は東京の江戸川区で3月10日の空襲で焼けました)時の姉と弟と3人で逃げまどった記憶が戻って来ました。
戦争は本当にこりごりです。
世界の平和が来ないと日本にも警察予備隊が自衛隊に、そして今度は自衛軍に・・・・
またあの暗い軍国主義の日本に戻らなければよいがと心配しています。

Posted by: kisi | Dec 07, 2005 at 12:56 PM

失礼します。
ブログ専用ランキングサイトの
「No1ブログランキング!」の運営者です。
ランキングサイトを始めたのですが、
まだ登録が少ないので、すみませんがよかったら、
こちらのブログを登録していただけないでしょうか。
まだ登録が少ないので上位ランキングが可能です。
http://no1b.jp/
です。
では失礼しました。

Posted by: No1ブログランキング!  | Dec 06, 2005 at 02:13 PM

23年前、10歳のときこのドラマ見ました。ラストシーンが恐ろしく記憶に残っています。私も朝起きたら戦争中、なんてことになったらどうしよう、と、本気で考えていました。再放送が見たいと思っていましたので、今回のリメイク版、どんな感じなのか楽しみです。空襲で焼け焦げた人や傷ついた人が生々しく描かれていたような気がするのですが・・・子供のころの記憶なので、怖さが増幅されて脳裏に焼きついてるのかもしれません。

Posted by: りんご | Dec 03, 2005 at 03:21 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/154049/7325658

Listed below are links to weblogs that reference 終りに見た街:

» ■石橋冠演出『終りに見た街』 山田太一作 [★究極映像研究所★]
終りに見た街(公式ページ) さきほど観終わりました。(感想が遅れましたが、VTR [Read More]

Tracked on Dec 04, 2005 at 01:43 AM

« DATを超える?! | Main | エド・サリバンショーのブルーコメッツとバイオリンベース »